逃げ水
ひとりふたり、と指折り数えてすぐに気がついた もう片手しか残っていない だからこの場所に置いていかれたのだ ここはバス停のような場所 埃まみれになったと思ったらずぶ濡れになる場所 誰も知らないはずなのに誰もが通り過ぎる場所 雨上がりの水たまりさえ私から逃げてゆく...
ひとりふたり、と指折り数えてすぐに気がついた もう片手しか残っていない だからこの場所に置いていかれたのだ ここはバス停のような場所 埃まみれになったと思ったらずぶ濡れになる場所 誰も知らないはずなのに誰もが通り過ぎる場所 雨上がりの水たまりさえ私から逃げてゆく...
裏窓から覗く空き家の がらんとした部屋にただ椅子があって 誰もいない部屋に誰も座っていない椅子だけがあって そこを私は自分の居場所とした 少なくともこの雨が止むまでは 私は裏窓から私の居場所を確かめる 座布団もないささくれだった 木の椅子の座り心地を思う...
それは嘘だ 何も折れたりはしなかった 私は何も使わず 何も隠さず 遮るふりさえしなかった うずくまっていただけで しゃがんで体を丸めて数を数えていただけで そもそも誰も憎いとは思わなかったし 好きな女もいなかった 私はただ眠るのが好きな静かな男で...
目をしっかりと閉じているふりをして 夜明けのホールを裸足で掃除するのが仕事 今朝はいつもよりもひどい有様だった 飲み物は瓶ビールしかないことに腹を立てた 寒い国からやってきた漁師たちが テーブルの上と胃の中を すべてひっくり返して帰ったあとだった 目を閉じるふりをするよりも...
もうすぐ見えるものであふれているショーウィンドー 放られたレンガで割れてしまった もうすぐで あと少しで 見えたはずなのに ガラスの破片を浴びた もうすぐ見えるはずだったものたち たちまち姿を失い始めて 溶けて水になってしまったものもあれば 崩れて土になったものもあり...
もうここには二度と来ない 降らない雨はない 濡れた地面はいつものように 昼までにはまたからからになるのだろう 空を見上げて首を振り もう二度とここには来ないと言っていた 給油係だった男の顔を 思い浮かべているウェイトレス コーヒーは冷めてゆき アップルパイは乾いてゆく...
石の床をしゅろの箒で手際よく掃く男が廊下にいて その音をさっきから心地よく聞いている それを聞くためだけに 部屋のドアを朝は開けておくことにした 幽霊の部隊が行進しているのだが 足が無いから動けずに いつまでもどこにも行けずにいて それでもどの幽霊も微笑んでいる...
背中の痛みに気がついたのは エスカレータで声をかけられたからだ ずいぶんひどい痛みですね 私だったらとっくに臥せっていますよ 振り向けば 赤鉛筆の書き込みで汚れた大判の 去年の3月のカレンダーが一枚 歯をむきだして笑う紙が一枚 ああ、そう、とその汚れた紙を見下ろして言う...
オートバイ なんてひどい匂い さようならと 橋を渡り 遠い場所 気がつかずに 手を振った 利き手の右手 古い友達が 忘れていった手袋を はめたままで 春を迎えた ずいぶん昔の ことのような 焦げた匂いが 続いている 選ばされて 指を差して 青いペンキ べとついたまま...
ああ見たことがある 会ったことがある あの男なら昔からよく知っている 臆病な黒犬を橋の下で飼っていた 河にコインをばらまいて笑っていた タイヤというタイヤに穴を開けてまわった 電車を走って追いかけた 行列に石を投げて怒鳴った 眠る時も目を閉じなかった...
顎を出したあいつのありふれた歩き方 明日まで続くはずの雨降りを青い顔をしてあきらめてアーメン いかがわしいいびつな椅子を嫌がり いんちきなインクなどいらないといらついている うろつきながらも噂して うつむきがちに後ろを向いて 浮き輪で海に浮かんでいる嘘を疑う...
四人の男が、コンクリートの河の浅瀬を横並びで歩きながら、河を流す仕事をしている。今日一日だけの単発の日雇い仕事だ。まだ仕事を始めたばかりの男たちは、まだ午前中の早い時間なのに、もうすでに暗い顔をしている。曇り空のせいかもしれない。これから歩かなくてはならない長い距離を考えて...
12月1日(土)19時開演 19時30分開演 チャージ 2,000円+ドリンクオーダー 出演 坂田有妃子(ダンス) 入間川正美(セロ) 長谷部裕嗣(詩) live & cafe giee
さあ俺たちはここが気に入ったから しばらくこのまま暮らすことにするよ 俺たち腹が減っていても 靴や毛布など食べないし 書くべきハンカチも読むべきトタンも 燃やす前に捨ててしまったし ああ俺たちはこの場所が好きだ 何も見えないほどの夜が好きだ 缶詰なら何でも大好物だ...