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背中の痛み

背中の痛みに気がついたのは

エスカレータで声をかけられたからだ

ずいぶんひどい痛みですね 

私だったらとっくに臥せっていますよ

振り向けば

赤鉛筆の書き込みで汚れた大判の

去年の3月のカレンダーが一枚 

歯をむきだして笑う紙が一枚

ああ、そう、とその汚れた紙を見下ろして言う

ああ、そうですか、そんなにひどい痛みですか

はい、そうですね、そんな痛みはしばらく見たことがない

昔々、この国がまだ囲まれていた頃には

その類いの痛みがまだあちこちにありましたけどね

3月のカレンダーの写真はどこかの山間の村の広場

何頭もの馬が放牧されていて

黒い犬が馬たちの足元で踊っていて

向こう側には細長い棒を持った汚い髭面がぼんやりと立っている

俺は思わず顔を撫でまわした

やはりずいぶん長く髭が生えている

ざっと一週間、いや半月は優に剃っていないだろう

そうなんですよ、俺は照れ笑いをしてみる

いやつい昨日まで閉じ込められておりましてね

冷たいコンクリートの床に毛布一枚で寝転がっていましたからね

今度はちょっと長かったな さすがに私もまいりました

まあでもそれが私の仕事ですからね

長い長いエスカレータはもうすぐ次の階にたどりつく

俺は痛む背中をかばいながら 足を前に出し

動かない平らな床を踏みしめる

去年の3月のカレンダーは 

またもや生温い風に吹かれ 

ふんわりと階下へと落ちてゆく

数えきれないほどの旅が 

また床の上で埃まみれになって 

老いた掃除夫の背中を傷める


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