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拭くものと溜めるもの

  • 執筆者の写真: Hiroshe Haseba
    Hiroshe Haseba
  • 2018年10月30日
  • 読了時間: 2分

それは嘘だ 何も折れたりはしなかった

私は何も使わず 何も隠さず 遮るふりさえしなかった

うずくまっていただけで しゃがんで体を丸めて数を数えていただけで

そもそも誰も憎いとは思わなかったし 好きな女もいなかった

私はただ眠るのが好きな静かな男で

家族も友人もいないことを嬉しく思いながら

日々床の拭き掃除を ただただ命じられたままに

やってきただけで 外の騒ぎなんか気にもとめずに

その日もただ少しだけ蜂蜜を舐めて べとついた指を新聞紙で拭いて

黒くなっちまった手を壁にこすりつけてから 

窓の外に唾を吐いた 犬のことなぞ知るもんか

間違った手紙が届いた時も 嫌々だったけどあのけちで強欲な管理人に

きちんと届けてから それからだ 

いつも湿っている廊下で転んだのは

本屋も質屋も店の前を通ったことさえない 

そもそもどこにあるんです

いえ そんな電話は受けていません 私は外国語など話せない

見てください これが私の字です 右肩上がりで薄く書かれた字です

どれも本物の歯です 何年も前からこの白髪頭です

ワインなぞ飲んだことはありません 

ウィスキーなぞ飲んだことはありません

そのモップとバケツにも

長靴とロープにも

椅子とシーツにも

見覚えはありません

あなたのことなど知りません

あなたはいつもこちら側で

私はいつも向こう側だということしか

私にはわかりません

もう帰らなければいけません

立ち止まりたい場所など

どこにもなかったあの向こう側に

 
 
 

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