両手を体の前で丸く柔らかく組んでみてさ、そこに乗っていたミミの軽さと温かさ、柔らかさ、をね。
重さ、ではなくて、軽さだからね。
拾われた遠い北の土地まで車で迎えにいった時から、小さくて軽くて華奢な猫で、やがて生まれた子猫、茶虎の雄であるソスはあっと言う間にミミの体重を追い越してしまった。
ソスを抱くとずっしりと重く、ミミを抱くとほっそりと軽い。
あんこがずっしりつまったコッペパンと、クロワッサン。
ミミは夜中にベッドに忍び込んで来る時もほっそりとしていた。
あの子は布団の肩口を何度か叩いて僕らを少しだけ目覚めさせる。
寝ぼけながら布団を持ち上げてやると、そこからミミは滑り込んできて、しばらく体の位置を整える。
眠る格好、それはたいがい頭を僕の腕に預けて左を向いたまま丸まった形、が決まると喉を鳴らし始める。
ミミの軽さと温かさ、柔らかさ、そしてあの喉の音。それはテントの天幕を叩く柔らかい雨の音、焚き火にかけられた鍋の中でカウボーイが作った豆料理が静かに煮えている音。
華奢な乾いた骨が震えているような、もしくはまったく違うような音。
そして、トーストのような、ひなたのような、毛布のような、あのミミの匂い。
僕らは鼻を埋めて深呼吸しながら、このまま眠ろうと何度も、何度も、そして何度もそのまま眠った。
どんな夜も、ミミは僕らを、眠らせて、懐かせて、いつも抱かれていたのはこちらのほうだ。
ミミが最後に眠る姿。
近所の葬儀会社の社長が撮っておいてくれた写真。
横たわり、半目を開き、驚きの顔。
ミミが見たものは何だろう、最後に。
そして、今、ミミの息子、茶虎猫のソスと、ミミが子猫の時からずっと一緒に過ごしてきた黒い犬のフィフィが、同じベッドで眠る、ちょうどそのあいだに僕が、寝転がれるような空間を空けたままで。
僕はそこに間男のように潜り込んでから寝転がり、ミミを思う。
晴れた5月の土曜日の午後、昼寝どきに、三匹で、ミミを思う。
四匹目の人間が寝室の前を通り過ぎてから力を込めて階段を上る、いやいつもより頼りない歩き方で、それを、寝たふりをしながら薄目を開けて、茶虎と黒犬と僕が、見る。
見る。
見た。
ミミよ、最後に見た物は?ミミを最後に見た者は?
「見る、見た、ふと見ると」の「ミ」!
「みんなで今夜も寝る」の「ミ」!
「見ず知らずの空っぽだ、これは」の「ミ」!
「み空の君」の「ミ」!
「みずてんで壁から飛び降りる」の「ミ」!
「見違えるほど晴れてしまった5月の空、いつのまにか」の「ミ」!
「みにくい僕が美しい君を連れてきた」の「ミ」!
「見捨てられたわけじゃなくて、ひとりで歩いていただけ」の「ミ」!
「見えなくなっただけ」の「ミ」!
「ミンミンゼミを捕まえてきて枕元に置く」の「ミ」!
「耳、眠くなると温かくなる君の、ミミの耳」の「ミ」!
「見つけた、何を、何も、それでも」の「ミ」!
「ミミンガニ、ミミンガサン」のミ!
「短い、どうか短いお別れであるように」のミ!
「未知の道の上でまだいつか」のミ!ミミ!
そして、ミは「ミモザ」のミ。ミ。ミ。
世界のすべてはあの三毛猫だった。そしてその世界はひっくり返り、裏返しになった。
ミミ、こちらはたぶん長い旅。君はどうぞいつでも。
いつまでも、などとは、どうか言わずに、ひとつ。ふたつ。みっつ。ミミよ
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