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Today Is Enough


ミミのこと
両手を体の前で丸く柔らかく組んでみてさ、そこに乗っていたミミの軽さと温かさ、柔らかさ、をね。 重さ、ではなくて、軽さだからね。 拾われた遠い北の土地まで車で迎えにいった時から、小さくて軽くて華奢な猫で、やがて生まれた子猫、茶虎の雄であるソスはあっと言う間にミミの体重を追い越...
2019年5月8日読了時間: 3分
無効になった彼方へ
市街戦か紫外線か、選べ、と言われる それぞれで僕が受けるであろう影響を駅のホームで考える 死因としては(ああ静かな場面だ) 市街戦なら流れ弾、紫外線なら皮膚癌 格好としては(あの鳥が鳴きながら滑り降りてゆく) 市街戦ならカーキのジャケット、紫外線なら海水パンツ...
2019年1月3日読了時間: 2分
日々の肉に
血の味がする、あいつが言うわけさ やつは自分が住んでいる十階の部屋から 夜中に階段の手すりを叩きながら 上ったり下りたりするのが趣味なんだよ そりゃあやつの手のひらは鉄錆くさいだろうよ 血の味がするというけれど あいつが持ってきた肉まん、冷えて堅くなって縮んだそれは...
2019年1月3日読了時間: 1分
飛行船
ああもう見えなくなってしまった レインコートを着たガードマン こちらにどうぞ曲がってと案内をしてくれたのに 俺は止まりもしなかった ラジオを止めもしなかった あああれはなんて言うの 少しの痛み こめかみが震えて 唇が乾いて傷む 記憶 憶測 奥底の 流れ玉が もう嫌だって...
2018年12月10日読了時間: 1分
ゴースト
もう今までさんざん消えたであろう幽霊が またいなくなろうとしている 申し訳なさそうな、どこにもいけなさそうな顔をして それでも薄笑いを浮かべている もう二度とここには来ないでほしい、どうか遠い土地で幸せに暮らしてほしい 誰かに言いたいことがあったら伝えてあげるから...
2018年11月21日読了時間: 2分
坂道
坂道が多い街で買い物をする 別に今日買わなくてもよいものを 寒くなり始めた時は 早足で駅に向かう その仕事には向かない 良い天気だ 洗濯と散歩には 鼻の中が乾いてしかたがない 眺めるものといえば歩道橋の上から この駅を通り過ぎる特急列車と 電線の結び目となった鳩...
2018年11月18日読了時間: 1分
記念日
渡り鳥は群れだって月に向かい 南も北もどこもかしこも 過去の話ばかりだと嘆いている もう今年が最後だとばかりに すべてのパンを広場に撒いて 靴のことなど忘れてしまったら とたんに傷の痛みも無くなった さあ明日はずいぶん早起きだから 眠ろうとベッドがあった場所に...
2018年11月16日読了時間: 1分
晩冬
あんなに遠くに連れていかれてしまったから もうしばらくは戻れないだろう 戻ってきたとしてもその時まで 俺たちがここにいるかどうか分からない 順番に名前を呼ばれている 聞き覚えのない名前ばかり この部屋の寒さに耐えられずに つい我慢できずに返事をしてしまえば...
2018年11月14日読了時間: 1分
渇き
夕飯のスパゲッティが悪かったのだろうか。タバスコと黒胡椒をたっぷり振って食べたから喉が渇いてしかたがない。このままでは眠れないので、台所まで歩く。暗闇を歩く足に猫がまとわりついて、転びそうになる。猫は小さく唸り、どこかに消えてゆき、僕はシンクにぶつかる。僕に押されたシンクは...
2018年11月14日読了時間: 3分
再水
再び、水が 床に、満ち 俺の、足が 臭う、朝だ やあ、小鳥 よお、小蠅 特に、無い 思う、物は 忘れ、眠り 濡れ、溶け 消え、届け 思う、前に 飛び、落ち 黒い、鳥が 商売に出かける時間だ スープの匂い 得体の知れない赤茶の煮くずれた豆 風はぬるく空は青暗く...
2018年11月14日読了時間: 1分
白ワイン
この村の掟だから従うしかない 女たちは自慢の長い髪を刈られ 男たちは重い足輪を鎖に繋がれ 子供たちは歌と靴を燃やされた 年寄りたちは食事を減らされた そして今日が最後 今朝私の部屋にもノックの音 さあようやくお前らの番だよ 準備なんているものか起きろ...
2018年11月13日読了時間: 1分
染み
円を描くこと 右脚を軸に まっすぐに伸ばした左脚を回して ぐるりと自分を囲む円を描くこと その円から外に出るためには 仕事を見つけなくてはいけない 仕事を見つけて金を貯め 鞄と丈夫な靴を買い ハイウェイで親指を立てる そして三日後に 無口なトラック運転手に乗せられて...
2018年11月12日読了時間: 1分
落葉
高所恐怖症を治さなくても高い場所に行かなければいいだけだ 主治医にそう言われた老人は今日も十二階の自分の部屋に階段を上って帰る エレベータもない古い雑居ビルの最上階 六階の踊り場で老人の顔は緑に変わりやがて黄色になりそして焦げ茶に 十二階のひとつ上はもう屋上だ...
2018年11月11日読了時間: 1分


望むものと眺めるもの
最初の数日は気がつかなかった ただの黒い汚れかと思っていた そのうちに床が湿ってきた 自転車のタイヤがひび割れてきた 隣りの家の子供が咳を繰り返し 妻は辛い料理ばかり作るようになる 夏の帽子が見つからない 涼しいどころか寒い 右手の人差し指が痛むから...
2018年11月10日読了時間: 1分
バスに乗るために
バスに乗るために小銭を集めるために瓶を割る 瓶を割るために石を拾うために河へ向かう ずいぶんと遠い河に向かうために そこまで歩いてゆくために 靴を新調する 靴を新調するために小銭を集めるために地面を眺める 地面を眺めるために眼鏡をかけるために耳を探す...
2018年11月8日読了時間: 1分
大いなる遅れ
つまりは遅れたということだ 傘など取りに帰ったのがいけなかった 冷たく濡れようがかまわずに 走りながら靴を履けばよかった 橋の上のバス停には誰もいなかった 最後のバスは出てしまった つまりは大いに遅れたということだ バスはもちろん明日もやってくるだろうが...
2018年11月7日読了時間: 1分


オレンジの皮
どこに捨てられるの バケツ一杯のオレンジの皮 もう黒ずんで虫を呼び始めた 裏口のゴミバケツの アルミの蓋の上に バケツ一杯のオレンジの皮 中身はすべて朝食のジュースとなった 子供たちが争って飲み干した 「皮も欲しいな」なんていう子は 誰ひとりいなかった...
2018年11月6日読了時間: 1分
咳をする時間
もうすぐ咳をする時間。 縄梯子の夢から醒めるためにロープを切り落とした。腹が減っていたが、それよりももう一度眠りたかった。トイレは遠く、開いてる窓からはすきま風が入り、屋根には修理が必要だ。そんな時にお前は咳をする。誰もいないのに、誰かに伝えるために。俺がここに隠れているこ...
2018年11月6日読了時間: 2分
数字の問題
数え始めたのが 少し遅かったかも知れない それでもまだ朝だったし 風も冷たかったし 何よりも動物たちはまだ 眠っているばかりだった 靴が濡れて 煙草も湿って 欠伸ばかりしていた 動物たちの姿は見えない 彼らがどういう動物なのか 体温があって 四つん這いで...
2018年11月5日読了時間: 1分
まるで12月のように
村で一番年老いた もう何度も年老いて まるで赤ん坊のようにつるつるになった 老婆が玄孫の乳を吸いながら げっぷと一緒に予言した 月は終わる 私たちを何度も騙してからかっては からからと笑っていた あの憎らしい月がとうとう終わる お前たち 準備はいいね...
2018年11月3日読了時間: 1分


逃げ水
ひとりふたり、と指折り数えてすぐに気がついた もう片手しか残っていない だからこの場所に置いていかれたのだ ここはバス停のような場所 埃まみれになったと思ったらずぶ濡れになる場所 誰も知らないはずなのに誰もが通り過ぎる場所 雨上がりの水たまりさえ私から逃げてゆく...
2018年11月1日読了時間: 1分


裏窓
裏窓から覗く空き家の がらんとした部屋にただ椅子があって 誰もいない部屋に誰も座っていない椅子だけがあって そこを私は自分の居場所とした 少なくともこの雨が止むまでは 私は裏窓から私の居場所を確かめる 座布団もないささくれだった 木の椅子の座り心地を思う...
2018年10月31日読了時間: 1分


拭くものと溜めるもの
それは嘘だ 何も折れたりはしなかった 私は何も使わず 何も隠さず 遮るふりさえしなかった うずくまっていただけで しゃがんで体を丸めて数を数えていただけで そもそも誰も憎いとは思わなかったし 好きな女もいなかった 私はただ眠るのが好きな静かな男で...
2018年10月30日読了時間: 2分


傾斜
目をしっかりと閉じているふりをして 夜明けのホールを裸足で掃除するのが仕事 今朝はいつもよりもひどい有様だった 飲み物は瓶ビールしかないことに腹を立てた 寒い国からやってきた漁師たちが テーブルの上と胃の中を すべてひっくり返して帰ったあとだった 目を閉じるふりをするよりも...
2018年10月29日読了時間: 1分


デジャヴ
もうすぐ見えるものであふれているショーウィンドー 放られたレンガで割れてしまった もうすぐで あと少しで 見えたはずなのに ガラスの破片を浴びた もうすぐ見えるはずだったものたち たちまち姿を失い始めて 溶けて水になってしまったものもあれば 崩れて土になったものもあり...
2018年10月29日読了時間: 1分


予言
もうここには二度と来ない 降らない雨はない 濡れた地面はいつものように 昼までにはまたからからになるのだろう 空を見上げて首を振り もう二度とここには来ないと言っていた 給油係だった男の顔を 思い浮かべているウェイトレス コーヒーは冷めてゆき アップルパイは乾いてゆく...
2018年10月28日読了時間: 1分


掃く音
石の床をしゅろの箒で手際よく掃く男が廊下にいて その音をさっきから心地よく聞いている それを聞くためだけに 部屋のドアを朝は開けておくことにした 幽霊の部隊が行進しているのだが 足が無いから動けずに いつまでもどこにも行けずにいて それでもどの幽霊も微笑んでいる...
2018年10月27日読了時間: 1分


背中の痛み
背中の痛みに気がついたのは エスカレータで声をかけられたからだ ずいぶんひどい痛みですね 私だったらとっくに臥せっていますよ 振り向けば 赤鉛筆の書き込みで汚れた大判の 去年の3月のカレンダーが一枚 歯をむきだして笑う紙が一枚 ああ、そう、とその汚れた紙を見下ろして言う...
2018年10月25日読了時間: 2分


すれちがう
オートバイ なんてひどい匂い さようならと 橋を渡り 遠い場所 気がつかずに 手を振った 利き手の右手 古い友達が 忘れていった手袋を はめたままで 春を迎えた ずいぶん昔の ことのような 焦げた匂いが 続いている 選ばされて 指を差して 青いペンキ べとついたまま...
2018年10月25日読了時間: 1分


思い出
ああ見たことがある 会ったことがある あの男なら昔からよく知っている 臆病な黒犬を橋の下で飼っていた 河にコインをばらまいて笑っていた タイヤというタイヤに穴を開けてまわった 電車を走って追いかけた 行列に石を投げて怒鳴った 眠る時も目を閉じなかった...
2018年10月24日読了時間: 1分
五十人
顎を出したあいつのありふれた歩き方 明日まで続くはずの雨降りを青い顔をしてあきらめてアーメン いかがわしいいびつな椅子を嫌がり いんちきなインクなどいらないといらついている うろつきながらも噂して うつむきがちに後ろを向いて 浮き輪で海に浮かんでいる嘘を疑う...
2018年10月23日読了時間: 4分
四季
四人の男が、コンクリートの河の浅瀬を横並びで歩きながら、河を流す仕事をしている。今日一日だけの単発の日雇い仕事だ。まだ仕事を始めたばかりの男たちは、まだ午前中の早い時間なのに、もうすでに暗い顔をしている。曇り空のせいかもしれない。これから歩かなくてはならない長い距離を考えて...
2018年10月23日読了時間: 2分


静狂夜 シズクルヨ 第14夜
12月1日(土)19時開演 19時30分開演 チャージ 2,000円+ドリンクオーダー 出演 坂田有妃子(ダンス) 入間川正美(セロ) 長谷部裕嗣(詩) live & cafe giee
2018年10月14日読了時間: 1分


水たまり
さあ俺たちはここが気に入ったから しばらくこのまま暮らすことにするよ 俺たち腹が減っていても 靴や毛布など食べないし 書くべきハンカチも読むべきトタンも 燃やす前に捨ててしまったし ああ俺たちはこの場所が好きだ 何も見えないほどの夜が好きだ 缶詰なら何でも大好物だ...
2018年10月14日読了時間: 1分
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